日本人なら一度は行きたい候補-4 奥入瀬渓流

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さて、日本の各地を巡り

日本人なら一度は行きたい48箇所を決め

2020年に100日間の新婚旅行で

一気に巡ろうとするこの企画

今のうちに

今まで行った中の48入りしそうと候補を

まとめておくことに

まずは青森の奥入瀬渓流

ここも美しかった

東京から奥入瀬渓流に行くには

八戸駅からバスで1時間半

奥入瀬渓流の入口である【焼山】から14kmのハイキングコースがある

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まずは、こんな道をひたすら歩く

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ようやく川が見えたが、台風の影響か、にごっている

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みたことのない植物が

まさかブナの子供じゃないよね

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葉っぱがきれい

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う~ん

すがすがしい

こんな道を歩けるなら、全然疲れない

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おっっ

いい感じの渓谷になってきた

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う~ん、幻想的でいいね

大昔から、こんな自然のままなのか

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おー

歩くだけでテンションが上がるのは最高だよね

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雲井の滝

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いや、ほんと

美しい

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銚子大滝

自然豊かな国の日本

この近くには日本百名湯の蔦温泉と

JRの駅に貼られていた紅葉の蔦沼

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も近くにあるため、訪れるのに値するところだね

日本人なら一度は行くべき候補-3 出羽三山の羽黒山





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かつて

【西の伊勢神宮、東の出羽三山】

とも謳われた山形県にそびえる出羽三山

出羽三山は羽黒山、湯殿山、月山の三山をいう。

この三山にお参りすると、特別な力が与えられると言われたきた。

そのリーダー各の山が羽黒山になる。

羽黒山は少々、東京からは行きにくく

一番アクセスのよい都市は山形県の日本海側鶴岡市になる。

そこからは車で30分程で羽黒山に到着できる。

車ではそのまま三神合祭殿

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や蜂の子神社がある山頂にいけるが

お勧めはやはりミシュラン三ツ星の杉並木の石段を登りたい




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2446段あるため1時間程かかるが

参道は随神門を通り抜けるところから始まる

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石段中の唯一の下り坂の継子坂を下りると

祓川にかかる、俗世との境界線になる

【神橋】

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が見えてくる

須賀滝は1654年天宥が月山より8kmの水路をひいて

作ったものになる。

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そして滝を過ぎると左手に

樹齢1000年と言われる

【爺杉】

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に辿り着く。

そしてすぐ近くには国宝である

【羽黒山五重塔】が見える。

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木の中にひっそりと立つ五重塔は平安時代、平将門の創建と伝えられている。

そして参道、なかなかキツイ坂道を登っていくと

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中腹には抹茶や餅を振舞ってくる茶屋がある。

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店のおばちゃんと談笑、出羽三山の歴史をなどを教えてもらい楽しかった。

まあ、いろいろ買わされたが(笑)

そしてまた参道を歩き始める。

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羽黒山の歴史は古く、開山伝承によると

6世紀末、蘇我馬子の追跡を逃れた崇峻天皇の王子

蜂子王子が日本海から鶴岡に上陸

三本足の烏に導かれて羽黒山に登り、月山、湯殿山を開いたとされる。




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平安時代には多くの伽藍が立ち並び

巨大な宗教的道場として、全国にその名は知れ渡り

鎌倉時代には紀伊国熊野三山と並ぶ神と位置づけられた。

斎館が見えれば山頂はすぐになる。

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ここは精進料理を食べられるだけでなく、宿坊としても利用できる。

毎年9月には五重塔のライトアップをしているようなので

ここに泊まるのもいいかもしれない。

山頂には蜂子神社がある。

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蜂子王子は出羽の国に農耕を教え、産業を興し、治病の法を教え、人々の苦悩を救い給うなど多くの功徳を残された。

蜂子王子が醜い顔で残されているのは、人々の苦悩を一身に引き受けたからと言われている。

そして

【三神合祭殿】

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羽黒山、月山、湯殿山の三神を祀る

月山、湯殿山は標高1500m以上にあるため冬は雪で参拝できないたね

羽黒山に三神を祭っている。

なかなか荘厳な建物で厚さ2mの萱屋根は東北随一の規模になる。

山頂にある歴史博物館

羽黒山、出羽三山の歴史がわかりやすく説明

数多くの重要文化財の仏像があり

こちらも見る価値があるところだと思う

今回、自分は羽黒山と月山だけしか行けなかったが

来年にも

山寺~最上川ライン下り~癒しの森~羽黒山泊

月山8合目~月山神社、湯殿山神社

山形一泊二日で巡りたいと強く思う

日本人なら一度は行くべき候補-2 善光寺

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平安時代より宗派を問わず、多くの人の信仰の対象となっていた善光寺

【一生に一度は伊勢参り】

と叫ばれた江戸時代、江戸から東海道を通り伊勢神宮に参拝した後、帰りは中山道を通り善光寺に立ち寄る者は少なくなかった。

現在でも年間600万人以上が参拝、長野駅から徒歩15分と立地も悪くない

本堂は火災により幾度も焼失しては建てられ、現在のは1707年の建立になる。

本尊は絶対秘仏

誰の目にふれられることはない。

7年に一度の御開帳では前立本尊が公開される。

前立本尊はわかりやすくいうと、真似て作った類似品

本尊はインドで作られた。

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姫が病気になり、お釈迦様に救いを求めると阿弥陀仏が現れて快方したという。

長者がありがたさに、仏の姿を作ったのが一光三尊阿弥陀如来(本尊)である。

それが朝鮮の百済に渡り、592年に日本に送られてきた。

しかしその頃の日本は廃仏派の物部氏が支配していたため、疫病が流行ると難波の池に捨てられた。

それを信濃国の本田善光が持ち帰り、奥さん、息子と共に大事にして

皇極天皇が如来によって地獄より、蘇生してもらったとして642年に善光寺が建立された。

本尊は戦国時代に武田信玄の戦火から守るためという大義名分で甲斐に移された。

それが現在も甲府で続いている甲斐善光寺

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本尊がなくなった信州善光寺は参拝客がいなくなり、廃れるようになる。

本尊は武田家滅後に織田の岐阜、徳川の駿河、一度の甲斐の善光寺に戻るが

豊臣秀吉が難波に持っていく。

それにより、日本最古の仏像は全国的に有名にもなる。

豊臣秀吉の死の前日、夢枕に阿弥陀如来が現れ、信州に帰りたいと訴えたという。

それにより、信州善光寺に帰ることになる。

う~ん

本尊を移した武田家が滅亡し、岐阜に持ってかえった織田家が滅亡し、

駿河から甲斐に戻した徳川は生き残り、大阪に持っていた豊臣は滅亡する。

なんてね

善光寺参道の敷石

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路面状態が悪く、参拝に難儀していた江戸時代。

1714年一人の人間の寄附により、敷石がひかれた。

その名は大竹屋平兵衛

伊勢出身で江戸で財をなしたが、息子は放浪で家によりつかなかった。

盗賊が入ったので、突き殺すと【我が子】であったという。

世の無常を感じ、放浪の旅に出て、善光寺に立ち寄った。

諸民の難儀を感じ、敷石を寄進したという。

それは現在でも、子孫が補修しているという

近世以前の大規模な参道の敷石は全国でもまれである。

三門(山門)

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本堂の前に建つ山門は1745年から5年の歳月をかけて建立

高さ20m

上層には文殊菩薩騎獅像、四天王立像を安置する

中山道の洗馬宿から北上して、松本を経由して善光寺に行く道を

善光寺街道とよび、江戸時代は大いに賑わったという。

仏教の世界では数多く存在する女人禁制がないこともあり、女性に大変人気だった

鎌倉時代には当時では珍しい、女性だけの参詣団が現れた記録も残っている

【一生に一度は善光寺にお参りしたい】

江戸時代、多くの女性が難路の中山道を経て辿りついた日記が残っている。

【信濃のみちの記】には

母に誘われ、善光寺詣でに旅たつ。

幾つもの険しい峠や坂道を超え、川を渡り、19日間かけて到着した

仏の前で、そのありがたさに、ただただ涙を流す

おそくら、当時参拝を夢見て、参拝できずに死んだ方も多かったであろう。

時代は進み、21世紀。

現在は関所は廃止され、車や電車という夢の乗り物が現れ

当時の苦悩さとは無縁に、参拝に行ける。

いつでも行けると思いがちだが、人間にはいつ、どんなことがあるがわからない。

お金がなければ借りればいい、時間がなければ、つくればいい。

OSG

【いつ行くの?】

ナガム~ラ

【い・・・、嫁さんと相談してから】

日本人なら一度は行きたい候補ー1 地獄谷野猿公苑

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野生の猿が温泉に入る、唯一の場所と全世界的に有名。

ディスカバリーチャネルが特集を組み、多くの国に紹介した。

外国人からは温泉に入る猿【snow monkey】と名付けられ

日本で是非見てみたいものとして、

あるランキングサイトには3位に入っている

場所は長野県

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武田信玄を上杉謙信が激闘を広げた川中島よりも北にある。

駅だと長野駅から長野電鉄の急行で1時間、湯田中駅が一番近い。

ここから地獄谷野猿公苑の入口まで5km

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歩いても1時間で行けるが、上林温泉行きのバスも15分程で行ける。
→自分は行きはバス、帰りは湯田中駅まで歩いて帰ってきた。

しかし

バスでも車でも、温泉に入る野生の猿を拝めるには1、6kmの山道を歩く必要がある。

ただし、山道と行ってもほとんどが平坦な道のため

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雪道の滑ることだけ気をつければ、そこまで負担になることはない。

自分が行った時は、杖歩きの外国人がゆっくりのペースで歩いていた。

外国人たちは(どこまで日本語できるか不明だが)

みんな日本語で話けかけてきので、自分も日本語で返答した。

平日にこんな辺鄙で、交通の便も悪い場所

前々日の大雪もあり、自分くらいしか訪れないのかと思っていたら

外国人がたくさん、7割が外国人。

しかもほとんどが西洋人の白人

凄いね~ アメリカ、ヨーロッパからここまで来るとは

地獄谷温泉の宿が見えれば、ほとんど到着。




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こちらは日本の秘湯を守る会の会員宿になる。

源泉が熱めとの情報で、自分は湯田中温泉のよろづやに泊まった。

入場料金500円が必要になる。

野生の猿を管理する施設、猿のエサ代などにあてられる。

実は数十年前、ここの野生の猿が田中駅付近まで出かけ

リンゴなどの農作物に被害を与え、社会問題になっていた。

山にエサがあれば、下山することはない

そのような考えの下、猿を駆除するのではなく共生の道を探られ

ここに公園ができ、人間に危害を加えない、人間を恐れない

野生の群れが誕生した。

おっっ

道に早くも猿が

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うわ~

周りを見渡すと猿がいっぱい

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凄いね、近くでカメラ構えても、逃げるそぶりはない。

雪と戯れてる・・・

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かわいい・・

実際は植物の芽を食べているようだが

おっ

ついに、目的の場所である猿が温泉に入る地へ

温泉の周りには、多くの人達が一眼レフカメラで陣取っているが

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ほとんど、いや全員と言っていい程外国人である。

いや~

みんな気持ちよさそう。

猿も温泉の気持ちよさがわかるのであろうか

お~い

こっち振り向いてくれ

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えー

ナガム~ラ

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ど・どうしたの

こんな平日昼間から

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あっっ

目をそらした。

彼は都合の悪い時があると、必ず目をそらすからね

いや~

なかなか来る価値あるね。

テンション上がる。




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志賀高原も近くにあり、ここの近辺に遊びに来る方は是非立ち寄りを

この近辺で宿を探すなら

温泉の質を楽しみたいなら、湯田中温泉のよろづや

登録文化財の歴史ある宿を希望なら渋温泉の金具屋
→渋温泉は湯田中~地獄谷野猿公苑の間にある。

渋温泉の金具屋、一度泊まってみたいんだよね。

善光寺と草津を結ぶ草津街道の宿場町として栄えた渋

当時は松代藩の鍛冶屋として存在していたが

1754年に裏山が崩れ、渋の半分が埋まる大災害

その復旧作業中に湧き出た温泉が、今の渋温泉

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鍛冶屋であったため、松代藩に金具屋と命名され、

現在の数寄屋作りの歴史ある温泉宿になった。

地獄谷野猿公苑からわずか3kmのところ

料金は高くつくが、興味ある方は是非宿泊を

一人旅は受け入れてないようなので、自分も今度(近いうち)動物好きのRAYさん

をだまし、是非泊まりたいと思う。