日本の偉人列伝-1 米沢藩の上杉鷹山

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最近、残念なニュースが多い。

猪瀬都知事の辞職

選挙期間中に無担保で5000万円借りての

っていうか政治の素人でも、一般人でも5000万円渡したら

次に見返りを要求されるのは、わかるよね。

東京電力の病院が売りに出されたら、便宜を図ってほしいような

そして消費税アップを見込んでの、大幅アップの予算が計上された。

ギリギリの生活で頑張っている人を無視するかのように

日本国家の破産をちらつかせ、ほとんど痛みの伴わない改革(消費税アップ)だけで乗り切ろうとする。

人間が変わってしまったのか

時代が変わったのか

米沢藩中興の祖

もう上杉鷹山のような政治家はでないのであろうか

上杉という文字を見て、ピンと感じたか方も多いと思うが

その通り、あの越後の竜上杉謙信

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120万石の大大名であったが、重臣の直江兼続が徳川家康に挑戦状

【徳川には義がない】

と叩きつけ、関ヶ原の合戦が勃発。

結果は案の定、徳川方の勝利となり、上杉家はは120→30万石米沢藩のみの大名に降格した。

しかし【愛】を唱える直江兼続は一人もリストラを出さず、家臣をそのまま全員採用

直江の給料は12分の1、家臣の給料も3分の1、荒地を農地に開拓したりして、危機を乗り切った。

しかし、この直江の【一人もリストラをださない】この政策が代々受け継がれ、しかも名門上杉家、誇りを重んずるためになかな、豪奢な生活が改られず、上杉鷹山の前の代では、真剣に領地を幕府に返上して、領民救済は天下に委ねようと真剣に考えたりもした。

17歳で藩主となった上杉鷹山

当時は収入の7倍の借金

家臣を集めて意見を募るも【やるだけのことはやった】との返事ばかり

そして鷹山は大倹約令実施

食事は一十一菜、祝祭行事の制限、女中を50人→9人のリストラなので藩主の生活費を7分の1に

もちろん、先祖代々の既得権益を持つ過労は大反発

オーシタ祖先【女中の削減だけは許せぬ】

しかし鷹山は強い意思と確固たる信念にて、彼らを退ける。

引退した後も、借金は徐々に減ってきていたが、完遂していないという理由で一十一菜の生活を続けていたといる。

信じられないよね。

藩主といえば、外国でいえば王だよ、王。KING。

専制や横暴な振る舞いしかイメージわかないのに

私財に興味を示さず、ただひたすらに藩と領民のためだけに努力する。

これが上杉謙信が残した【義】と直江兼続が残した【愛】の精神なのだろうか

それと上杉鷹山には、興味深い逸話が残っている。

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ある婆やが、干した稲の作業中に夕立が振りそうで、急いでしまっていたが手が足りず困っていた。

二人のお侍さんがたまたま通りかかり、手伝ってくれた。

後日、餅を持ってお礼に伺いたいと武士に相談すると、殿様の屋敷に行くように言われる。

そこで初めて、手伝ってくれたお侍さんが殿様であったことをしる。

勤勉さを褒めらえ、銀5枚もらう。

この恩を忘れず、子孫に伝えようと、貰ったお金で特製の旅を家族全員にプレゼントする。

このエピソードは娘嫁に渡した手紙に書かれてあり、現在も米沢考古館で展示されている。
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上杉鷹山の逝去された翌年、米沢の借金は完済。

米沢には6年前であろうか

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今ではありえないジョニー、ハラドーナ、RAYさんと訪れた。

しかしジョニー、ハラドーナとは疎遠になったのに、ほんとRAYさんとは続くな

まあ、ありがたい存在だが、思い出も共有できるし

米沢は牛で有名なのだが、実は鯉料理も盛んであった。

この鯉も上杉鷹山が医療食として相馬から稚魚をとりよせたのが始まりらしい。

食べてみたが、鯉独特の泥臭さがほとんどなかった。

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上杉鷹山の精錬潔白が乗り移っているのか

冬に厳しい寒さが鯉の身を引き締めるためと言われているが・・・。