山形旅行まとめ(月山~羽黒山~赤倉温泉~長谷堂城~太平温泉)

江戸から東北に続く歴史の道である奥州街道



現国道4号線で福島まで行き



福島市の北10kmのから進路を西に変え



かつての羽州街道、小坂峠、金山峠などの難所の山道を超え






Img_4405_2


この羽州街道は山形から新庄、横手、秋田を通り、青森まで続く。



かつて参勤交代の時に多くの大名が行き来した道である。



今回、山形に旅行に行ったのは10月中旬



東北の紅葉の時期と重なり、楽しい旅、ドライブになった。



景色を楽しみながら、下道で埼玉から山形まで行ったこともあり



朝4時に出発も、山形にはお昼に到着した。



山形の冬は寒い



豪雪地帯である。



そのため、保存食である漬物文化が発達、向上しており



山形には漬け物の専門店が漬物寿司まで、提供している。



是非食べてみたいと



山形旅行の最初の昼は山形市内で、まるはちの漬物寿司を食べる






Img_4406_2


うん、なかなか



変わった趣向として郷土料理を食べるにはまあまあ・・



絶賛ではない。



山形の瀬見温泉で唯一営業している寿司屋に出た漬物が本当に美味しかったんだけど



そして、日本百名城でもある山形城へ






Img_4408_2


現在の山形の繁栄を作りあげたのは最上義光公に他ならない



急流で船の往来が困難だった最上川を3年にも及ぶ工事で
舟での流通を可能にして、港町酒田の繁栄を作り
→山形産の紅花は京都で大流行した



産業を奨励、職人を招き寄せての街作り



荒れた原野だった庄内地方を家臣の反対を退けて
大規模な灌漑工事を行い庄内地方を日本有数の米どころにした



郷土歴史館では最上義光や、山形の歴史などを勉強できてよかったが
Imgp3525_2





山形城跡はほとんど、何も残っておらず、全て再建のためにそこまで行く必要はない



そして駒姫の菩提寺である専称寺へ






Imgp3529_3


駒姫



最上義光の娘で、わずかだ15歳で処刑された



絶世の美女だったらしい



しかし



その美人たるゆえの噂が、時の関白である豊臣秀次の耳に届き



側室になるため、京都に来るように言われる



東北仕置の際、立ち寄った山形城で



その時、駒姫わずか12歳



父の最上義光はなんとか説得して3年待ってもらい



15歳で、京都へ出発。



豊臣秀吉は自分の息子に関白の位を継がせたい思いからか



豊臣秀次を謀反の疑いで処刑



一族、関わった疑いのあるもの全て処刑。



駒姫は京都に到着したばかりで、関白との面会すらしないまま



処刑されてしまった。



Imgp3532



母はショックですぐに変死



父である最上義光の怒りは相当のものと思われ



関ケ原の合戦では、反豊臣で徳川家康側についたも言われている



処刑される時
皆が泣き叫んでる中駒姫は終始、凜とした態度だったらしい



辞世の句



「罪をきる弥陀の剣にかかる身のなにか五つの障りあるべき」



そして翌日の月山登山に備えて、玄武古道近くにある



全国でも珍しい山菜料理専門店の出羽屋で宿泊



月山麓にある出羽屋で宿をとる



山菜まじ、うまい






Img_4415_3


胡麻豆腐や門外不出のろくじょうどうふも



血が浄化されていく感じ



紅花の葉っぱなどもある



これに山菜の天ぷらと山形名物芋煮



Img_4418


うん、ここはいい。



なんか旅慣れしてくると、こいうい個性があるところがいいね



風呂も温泉ではないものの、月山からの湧水で炊いた風呂は違う



Img_4412


水の質が全然、月山登山前にぐっすり寝られた。



翌日は月山登山



玄武古道を歩くコース






Imgp3544_3


朝9時15分にネイチャセンターを出発して、17時に駐車場に戻れた。



紅葉の時期と重なり、最高に登山、トレッキングになった。



Imgp3627_2




今まで登った百名山の中で一番、歩いていて楽しい山だった。



そして鶴岡近くの湯田川温泉に向かう。



そう、鶴岡に有名なイタリアンのアル・ケッチァーノという



庄内野菜、庄内湾の地魚を使った奥田シェフの有名イタリアンでディナーを食べようと、



本日の宿は朝食のみでお願いしていたのでだが、なんと定休日



失意と登山の疲れで、他の店を探す気力はなく



直接に湯田川温泉のつかさや旅館に



宿にお願いして、ありあわせの夕食を出してもらった。



Img_4443


ありがたい。



翌日、朝食を食べながら考える。






Img_4444_2


当初の予定は、羽黒山~憩いの森(太古の巨木群がある)~最上川下り



しかし、雨がひどいため屋内でも楽しめるところ



加茂水族館クラゲドームが近くにあり、行ってみる。



ここはクラゲ展示数日本一の水族館






Img_4454_2


こんな田舎に、こんな施設作って大丈夫なのか



しかも入場料1000円



そんな需要ないしょ・・・と行ってみたが



平日なのに、駐車場満杯



人、人、人、クラゲのお土産店は凄い人賑わい



日本の内需は凄いね



まあ、楽しかったかな



無理に行く必要もない気がするけど



まあ、人それぞれだよね



施設内にはレストランもありクラゲを使った料理も食べれる



クラゲアイス食べたが美味しかった



Img_4463


鶴岡市内の青森屋でフルーツを食べた後は



出羽三山の羽黒山



国宝の五重の塔や






Imgp3671_2


ミシュラン3星の参道、杉並木の道などは確かによかった。






Imgp3693_2


そして本日の宿泊、日本百名湯にも選ばれている赤倉温泉へ



羽黒山から70km左に母なる最上川を見ながら



47号線を宮城県方面に車を飛ばし赤倉温泉湯守の宿三之亟



施設は老朽化してお世辞にも清潔と言わないが



一万円を切る宿贅沢は言えない



しかしながら温泉は本当に素晴らしい






Img_4482_2


岩盤から直接湧き出す温泉は本当に最高



湯守の宿三之亟の泉質は 日本温泉総合研究所の森本卓也さんによって 日本一の泉質という評価を 2004年12月に受けたという



翌日、遅めの出発、松尾芭蕉も歩いた山刀伐峠を越え



そば街道で有名な大石田へ



人生の中で一番美味しかったと記憶する源兵衛へ



12年ぶりに来た、平日11時開店



11時20分に着いたが、駐車場は止められなかった



路駐せざるをえない程



こんな片田舎、駅からは到底歩けない距離に人が集まる







やはり美味い、好みによるが



歯応えがたまらない



つゆも大根下ろしが、ピリッと効いて美味い







山形のランチはここが一番お勧め






ランチで満足した後は慈恩寺へ



1260年前行基が諸国行脚した後



聖武天皇にこの地に寺を建立を奏上して



インドの婆娑羅門僧正が開基したのが始まりと言われている



火災や戦乱で消失を繰り返し、現在の本殿は最上義光が再建した



本殿は趣きがあり天井などに壁画が残されており多くの重要文化財が保管されている



最上改易後は幕府から2800石拝領し、寺社としては東北最大になる



そして南下して長谷堂城跡地へ







東北の関ケ原



最上VS上杉の激戦地



ここを上杉がおとせば山形は裸同然



山形城は平城で、当時は今のような石垣はなく土塁だけ



しかもその時上杉は会津若松、米沢の他に佐渡島や庄内地方も上杉領だったため、六十里越街道にて、庄内の上杉軍も山形に迫ってたんだよね



この長谷堂城が落城すれば、歴史はまた大きく変わっていた



福島と山形の150万石の上杉に、現状維持と約束で戦闘に参加しなかった毛利



約束は反古され30万石に減らされたんだよね



関ケ原伝説の敵中突破、一度も他国に屈服したことのなり島津



百万石のお墨付きを無効にされた伊達政宗



徳川秀忠の軍に大打撃を与え、関ケ原の合戦に間に合わせなかった真田昌幸



これで同盟を組めば、また全然違う歴史になっていたかもしれない



標高85mのさほど大きくない山城で、最上軍はよく戦ったと褒めざるおえない







そして秘境中の秘境、山道30分、徒歩30分でようやく辿り着く



太平温泉の滝見屋



Imgp3732


いや~山道、車1台がギリギリ通る道の運転怖かった。



カーブなど1回で回りきれず、何度か切り返して登ったり



対向車来たら、まじ無理だった。



霧か雲か全然見えなかったし



もう、運転はしたくないけど、宿と温泉は最高によかったけどね



Imgp3737



また行きたい、自分の運転ではなく



大平温泉滝見館で泊まり、滝を鑑賞した次は



Imgp3725



伊達政宗誕生の地米沢へ



名門上杉謙信の後の上杉景勝が治めることになる



林泉寺、米沢城後の上杉神社に参拝する






林泉寺は上杉謙信が幼少期過ごした寺で、上杉の国替え時に越後から一緒に移ってきた



上杉神社の近くは資料館があり、上杉治世の歴史を学ぶことができる



大きくスペースを使い説明しているのが



織田信長から鷹の返礼に上杉謙信に贈られた国宝、洛中洛外図屏風





上杉治世中興の祖上杉鷹山について



上杉鷹山は有名だよね



破産寸前だった藩を徹底的なリストラ、質素倹約、殖産興業で立ち直した



上杉鷹山には多くの名言があるが



自分が好きな名言はこれだね



【君主は国家と人民のために存在するものであって、君主のために国家や人民が存在するのではない】



西洋の代表的な思想家



マキャヴェッリとはえらい違いである



【覚えておきたいのは、民衆と言うものは、頭をなでるか、消してしまうか、そのどちらかにしなければならないことである」



ただ上杉鷹山含め上杉を学ぶ資料館としてはいまいち



あまり上杉鷹山の業績が伝わらないし、どういう経緯で、上杉謙信の子孫がこの地に来たのかの、説明がほしかった



米沢は全体的に



質素倹約を推し進めた影響か観光地としては物足りない



上杉神社も質素なもの



Imgp3753



米沢は歴史ある地だけど、必ず行かなくては行けない所ではないかな



米沢牛は高いしね、美味しいかもしれないけど



米沢から喜多方経由の会津若松、那須方面を通り帰宅



山形は羽黒山、月山から、一度は行きたい場所の候補は



温泉は太平温泉と赤倉温泉の双方とも温泉の質はいいけど



赤倉温泉は設備老朽化でホコリなどが目につくため



湯治目的ならいいけど、カップルや新婚旅行で行く所ではないね



あ~山菜専門旅館の出羽屋はなかなか、よかったか





島根旅行まとめ(出雲神社~松江城~大山~月山富田城~温泉津温泉~石見銀山)




島根旅行の始まりと言えば、



当然、人気の高いサンライズ出雲での夜行列車



仕事帰り



高田馬場のカラオケボックスで一人カラオケで時間をつぶし



歩いて東京駅へ向かう



東京駅はライトアップされて綺麗だね。



Imgp3124


八重洲地下街に入り夕食



特製親子丼を食べる。





そしていよいよ、サンライズ出雲のホームに向かう



流石、縁結びの神様である出雲大社行き



女性の友人同士の旅行が多いようだ。



東京から出雲大社までは個室で22000円程



シャワー利用希望の場合は別に300円が必要になる。



うん、なんか、いいね。



全面ガラス張りで、景色が堪能できそうだ。






まあ、まずは親子丼食べたばかりだが、腹ごしらえ



そう、デザートのケーキ







いや~



なんか夜行列車で食べるケーキはまた格別だよね



サンライズ出雲は揺れも少なく



というより、心地よい揺れで



快眠できた。



起きると、既に電車は岡山県の中部を走っていた。



そして朝の9時



出雲駅へ到着



Imgp3131


ここから一畑電車に乗り換え、出雲大社前駅に向かう



出雲大社に参拝前にまずは蕎麦



そう、有名な出雲そばのえにし



Imgp3135


開店の11時には、平日なのに行列ができているが、並んで待つ価値有



出雲そばの起源は



結城秀康の息子



松平直政が松江藩主になったさい



信州から持ち込んだとされる



戸隠そば、岩手のわんこそばと



三大そばに選ばれている



そして出雲大社へ



Imgp3150


ここは凄いね



次元が違う



歴史は神話の時代まで遡るからね



流石、神の集まる国出雲だけある
→10月は神無月というが、島根県は全国の神が集まるため神在月と呼ぶ



Imgp3163


平安時代に書かれた文献には、東大寺と並ぶ規模の本殿だったらしい



凄いね、こんな木造建築物が1000年以上前に存在していたなんて



Imgp3141


是非、この時代にまた同建築物を再建してほしい



日本人なら



必ず行きたい48に当確は当然だよね



縁結びの神様に100日間で日本を巡る



新婚旅行相手が現れますようにと



お願い



そして一畑電車に乗り、松江に向かう



日本百名城であり、現存天守12の一つ



松江城へ



Imgp3189


現存天守に限ると



姫路、松江、松本城は行く価値有



夕方



夕焼けが綺麗で有名な宍道湖へ



いや~



いいね、夕日



Imgp3217


一人で見ても



綺麗なものは綺麗



さて、虚しくなったところで夕食



島根の郷土料理といえば



【宍道湖七珍】



宍道湖で取れる



スズキ、モロゲエビ、ウナギ、ワカサギ、シラウオ、コイ、シジミ



そのしじみを使ったしじみラーメン







市街のビジネスホテルに泊まる場合は



大体ドミーインを利用する



料金の割にサービスがよく清潔



大浴場がある



松江のドミーインは浴場はないが







部屋の風呂でTVが見られる。



【2日目】



朝6時半に起きて朝食







出雲そばや



しじみの炊き込みご飯



しじみ汁がある



テザートも



そして大山登山のために松江から米子駅



米子駅からバスで大山登山口である大山寺へ向かう



大山寺も趣があり、なかなか素晴らしい。





そしていよいよ登山スタート







休日ということと山陰、山陽では日本百名山が余りないため



大山登山する人は大勢いた。



小学生らしき人も元気で歩いている。



Imgp3239


単独登山は寂しいけど、自分のペースで歩けるメリットもある



中腹からもなかなかいい眺め



Imgp3275


木道まで来れば頂上まで後少し



Imgp3285


そして



頂上到着



天気に恵まれて、景色が凄い綺麗だね。



Imgp3296


なかなか景色を見渡せるところを歩けるから



大山登山お勧めかも



八甲田山と月山と同じように



そして行者ルートで下山して



大神山神社奥宮へ



Imgp3316



大山の山岳信仰は平安時代から



始まり



かつては



高野山や比叡山の延暦寺に



肩を並べるくらい繁栄していたという



写真の大神山神社奥宮は火災により



1805年に再建



大山を神と崇めているため



大山の木は一本として切らず



下からわざわざ標高900mのところまで運んできたという





尼子晴久や毛利元就も積極的に寄進している



さて、疲れた体を癒しに



日本百名湯の玉造温泉へ







美人の湯としても有名で



縁結びの神様である出雲神社とも近いことから



女性客達はこぞって、この玉造温泉を訪れる。



そのため巨大ホテル、温泉宿が乱立して



自分は好きではない。



秘境の一軒宿が好きなので



しかし歴史のある玉造温泉



日本百名湯にも選ばれている



泊まらないわけにはいかない



ってなわけで



木造築100年、全7室の湯元玉井に宿をとる



Imgp3336


いや〜



落ちつく、木造で、他のお客さんも少なくと



温泉は貸切だしね



食事も、湯の質もまあまあだし
→自分は行き過ぎて、評価が厳しくなってる







夜、少し散歩すると



町の中央に小川が流れ



風流だけどね



Imgp3321


また一人で散歩して寂しくなってきたので



宿に帰る寝ることになる



【3日目】



朝6時半に起きて玉造温泉の街並を散歩



すこし歩くと



【恋叶橋】が



Imgp3330


なぬ、ここで写真を取ると恋愛が成就するのか



もー



うまいな



温泉街・・・戦略が



そんなのに騙されないと思いながら



しっかり写真は取っておく。



そして玉造神社を参拝した後は安来駅へ



Imgp3335


そう尼子氏の本拠地である月山富田城へ



なかなか交通の便の悪い場所にあり



ぐるぐる巡回バスと徒歩でようやく到着



難攻不落の城



月山富田城



Imgp3339


戦国時代山陰で敵無しだった尼子氏の城



大内と毛利の5万に1年3カ月包囲されたが、落ちることはなく、大内軍は敗走した
→この時、毛利元就は大内氏の要請に従軍しただけ



そして大内氏が、部下の陶晴賢にクーデタで滅び、その陶氏も厳島の戦いで毛利に敗れ滅亡



毛利元就は西を固めて、ついに尼子攻めを開始



しかし背後は山、周りは川に囲まれる天然の要害



力攻めをしたが、味方の被害は増すばかり



兵糧攻めをすることに



毛利元就の凄いところは、当初、降服者や逃げ出す者を一切許さなかった



そう、人が多く入ればいる程、城内の兵糧は減るのが、早くなるから



尼子氏は城内の人気を生かすことを条件に降服



吉川元春、小早川隆景らは尼子族滅を主張したが、元就はこれを退け、名門尼子一族を助けるのは「弓矢の道」であるとした。



今日、本丸まで歩いてみたが、道は滑りやすく、1時間近くかかった



Imgp3355


この城を力攻めは無謀と言わざるをえない。



本丸跡地から



毛利、大友群が陣を張った山を見る。



Imgp3371


1年3ヶ月も山の中で包囲って大変だよね



虫さされとか、寒さ、暑さ、食料とかの



ストレスが



現代社会に生きてこれて、本当によかった。



月山富田城攻略に1時間かかってしまい



本日の宿である温泉津温泉のがわや旅館



Imgp3381


こちらも日本百名湯



流石に港町の温泉宿



値段の割に料理は美味しかったが







団体客がうるさくて、ドン引きした。







まあ、老舗だからって調べないので予約した自分が悪い



【4日目】



朝6時30分に起き



朝食前に温泉通信簿オール5で有名な



公衆浴場【薬師湯】に行く。







いや、ここはびっくした。



ほんと、凄い温泉。全然違う。



温泉好きと称す人であれば



温泉津温泉の薬師湯は絶対行った方がいい。



貸切風呂もそんな高くない値段でかりられる。



そして、ここで情報を得たのだが



なんと温泉津温泉から石見銀山までの



かつての古道14kmがまだ残っていると聞き









石見銀山まで歩いて行くことに



古道歩き大好きなんだよね



誰もいない静寂な世界を歩くのは



Imgp3399


途中、雨が強くなったり



こんな村里に出たりしたり



Imgp3403


意外と辛い峠があったりしながらも



熊に注意の看板があったりした場合は



Imgp3418


ベビーメタルの音楽をガンガンにかけて歩く



石見銀山の龍源寺間歩へ到着



Imgp3433


間歩とは銀鉱石を採掘するための坑道



岩を削り、一人がやっと通れる坑道がどこまでも続く



Imgp3443



石見銀山には600を超える間歩がある



1526年博多の商人が発見して、新しい銀の技術向上により、大内、尼子、毛利の奪い合い、戦いの連続だった



周りには無数の山城がある



自分が本日歩いた石見銀山街道は尼子に屈服した毛利の武将が、温泉津温泉で処刑されるために、歩いた道であるという







関ヶ原の戦いの後、徳川家康は石見銀山を直轄地にして、大久保長安に命じて、江戸時代も銀を産出し続け、幕府の財政を助け



石見銀山の名は世界に知れ渡った







石見銀山からバスで大田市へ



そこからJRで15分小田駅へ



ここから徒歩10分に



全7室の一軒宿



はたご 小田温泉がある



木のぬくもり感じて頂きたいとの願いから



スリッパがない






清潔に保たれている木造の廊下を、素足で



歩くのは気持ちがいい



温泉はぬるめの源泉のため、長く浸かれる



肌がすべすべする成分も多いようだ



食事は和洋折衷



この地方はイチジクが盛んに栽培され
→海からの潮風によって、美味しくなるらしい



夕食には、多くのイチジク料理が出た







しかし



きのこ入りの和風すふれ



これは絶品だった



締めの栗ご飯とイチジクのデザートも







【5日目】



宿の朝食を食べる



御飯にシジミの味噌汁



シラスやひじき



アジの干物に茶碗蒸し



そして湯豆腐



小田特産のイチジクまである







腹ごしらえが終わった後は、いよいよ広島へ



月山富田城に来て、毛利元就の山城、吉田郡山城を攻めに



行かないのはナンセンスである。



小田駅から出雲駅



出雲駅からバスで三次



三次からローカル線で吉田口駅到着







バスもタクシーもいないため



6kmの道を歩いて行くことに



Imgp3475


しかし



なかなか素晴らしい田園風景だね



グーグルマップに騙されて、絶対登れない裏口に連れてから



マジ切れそうになりながら



なんとか日本百名城の吉田郡山城を制覇



Imgp3499


バスで広島駅へ向かう



広島の繁華街、八丁堀にど~んと店を構える



知る人ぞ知る隠れた名店【ブルトミ】へ







ここには有名アーティストの絵が所狭しと飾られている。



Imgp3507


自分が一番気にいったのはこの絵






料理は全て美味しかったが



強いて言うならメンチカツとブイヤーベースかな







メンチカツはまじで、やばい。



最終の新幹線で食べたお土産で貰ったメンチカツサンドまじうまかった。







そんな感じで楽しんだ島根5日間旅行



ちょっと月山富田城と吉田郡山城のアクセスの悪さに苦戦、時間取られたかな



まあでも、出雲大社と松江城は本当によかった。



後、温泉津温泉の薬師湯も







奈良旅行5日目 十津川温泉~熊野大社(熊野古道小辺路)

奈良旅行5日目

奈良5日間旅行最終日

奈良県の三分の一を占める日本最大の村

十津川温泉から

かつての熊野古道小辺路(高野山~熊野大社)の

一部のルート14kmを歩く

Imgp2540

宿の人に道に迷うことはないか聞いてみたところ

迷うことはないし、迷ったら電話で連絡頂ければ・・と

優しい言葉をかけてもらう

まずは朝早く起きて温泉、温泉
Img_3865


疲労回復効果はあるし、本当にリラックスできていいよね

そして大切な食事

Img_3870


多く歩くときは、しっかり食べないと

宿の朝食をしっかり、食べ

いよいよ熊野大社への熊野古道を歩く

十津川温泉付近は自分が泊まった静饗の宿山水の近く

柳本橋からのスタートになる

Imgp2513

まずは比較的楽な道を行くも

Imgp2515


だんだんと登りに

Imgp2519

おっっ・・少しいい眺め

Imgp2518

そしてまた石の厳しい坂道

Imgp2530

熊野古道歩きはいい

標高差1000m超えるため登山ほど疲れるが

平安時代の人々が同じ道を通り、ましては天皇すら幾ばくも通ったとなると

歴史の重みを感じさせ、不思議な気分になる。

時折疲れの合間に見られる絶景の数々

人がいない静寂した世界

頼りは自分の足だけ

疲れて戻るにも歩かなくてはならない。

どんなに疲れて動けなくなっても

山の中で1日留まるわけにはいかないため、歩かなくてはいけない。

Imgp2524

肉体、精神的に限界

しかしそれを突き破らなくてはいけない。

そんな極限状態に陥った時に、物事の真理を理解でき

病など現世の苦しみから快方される気がした。

そしてこの旅の前、原因不明の咳で苦しみ

流石に病院に行かなくてはと思っていたが

この古道歩きから戻った後、いやな咳はほとんどなくなった。

これが山岳修業のいっかんかと思った。

現世が辛いなら、せめてあの世では幸せになろうと

極楽浄土と求めひたすら厳しい山道を歩く




Imgp2528_3


第二の絶景ポイント

そして昔、熊野古道を旅した人達のために

茶屋を営んでいた果無集落へ到着

Imgp2539

すごい、池に雲が反射している

Imgp2533

そして1100m級の峠である果無峠登山口へ

Imgp2541


景色を楽しみながら、山道をひたすら歩く

Imgp2542


Imgp2545


ちなみに4月の日曜日だが、ほとんど人は歩いていない

山口茶屋跡

Imgp2550


そして素晴らしい眺め

Imgp2556


疲れが取れる

そして果無峠の頂上付近で不思議なことが起こる

カナブンのような青い昆虫が倒れていて

足や手をばたつかせていた。

奈良の仏様を見て、拝んできた、全ての万物に対して寛容の心を持った自分は

自分が今日、この時にここを通らなければ、この虫は亡くなっていたかもしれない

しかし自分が通ったのは

これは天の意思であり、神の意思。この昆虫の徳に違いないと

木の棒で起こして、歩けるようにした。

Imgp2579


すぐその場をさった自分、ふと横をみると、先程の昆虫が飛んでいた。

よかった、飛べる程体力があったのか、しばらく生きられる

そう、思うと

その昆虫は自分の目の前に来て、15秒間停止した後

遥か彼方に消えていった。

まるで助けられたことを理解した昆虫が、自分に感謝を伝えてるかのようだった。

嘘みたいだが、熊野古道で起こった不思議な出来事

Imgp2559_3


ここで宿で作ってもらったおにぎりを食べ生き返る

そしてここからは長い下り

Imgp2566


景色や




Imgp2575


花を楽しみながら

八尾木バス停まで下る

Imgp2587


バス停からしばらく歩道を歩く

凄いね、この綺麗な川というか、ダイナミックな風景

Imgp2593


東京住んでいると同じ日本とは思えない

奥熊野古道ほんぐうでコーヒーなど飲んでブレイクできる

Imgp2596


そしてここの分岐を登っていくと再度、古の熊野古道

Imgp2597


かつての三件茶屋跡へ到着

ここが紀伊田辺、発心門王子から参拝する熊野古道中辺路との

Imgp2598


合流点

ここまで来れば後30分~40分で熊野大社

Imgp2606


この坂を降りたところに熊野大社がある。

Imgp2609


当日東京へ帰るための最終のバスは16時10分

9時30分に宿を出てギリギリだった。

しかし熊野古道歩きは楽しかった。

後の体の変化として、暴食をしなくなり

甘い物を欲しなくなった。

長くは続かないが

しかし奈良旅行5日間

正直和歌山近くの十津川村まで来ると

時間を取られすぎ、廻りきれないところが多数あった。

しかし

この日本最大の村であり、日本屈指の秘境十津川村

日本人なら一度は来た方がいいのではなかろうか

近くには熊野大社もあるし

体力の自身のある人は熊野古道で歩いて熊野大社まで行けるとなれば

奈良4日目 信貴山浴油堂で護摩業~十津川温泉 静響の宿山水

信貴山宿坊体験の朝は早くから始まる。

朝4時30分に起床して

浴油堂で護摩業が始まる

Imgp2463


日本の伝統といか、しきたりというか、真面目さというか

凄いよ

観光客目当てではなく、修業の一貫として毎日こんなことをしているとは

炎の美しくさときたらまるで生きてるようだった

本尊は絶対秘仏の刀八毘沙門天

イノシシに乗ってるらしい

残念ながら一切ご開帳はなく、この寺で働く者も、ほとんどが見ていない、見れないらしい。

そして本堂に移り、願掛け

Imgp2471


実は昨晩、こんなやりとりがあった。

住職

【何か願い事はありますか】

OSG

【日本を巡る集大成として、絶対に訪れたい48個所を決めて新婚旅行で100日かけて廻ることです】

住職

【わかりました。その願いを叶えるために、明日の朝本堂で特別に願掛けしましょう】

OSG

【是非お願いします】

住職

【費用は3000円・5000円・10000円とありますが】

OSG

【おっ・おう】

たくさんのお坊さんに祈ってもらい、申し訳ない気分に

っていうか、実現させないと悪いなという気分

そうか、祈る真剣な姿が、自分を鼓舞する働き

自己啓発というか、思い込み力というか

そうやって願いを叶えて行くものとして、続いてきているのではなかろうか

本堂から玉蔵院富貴閣に戻る

Imgp2468

既に朝食が用意されていた。

Img_3843


霊宝館で、信貴山源氏絵巻や武田信玄からの書状
→戦に勝利するため願掛けしてくれ

やべー

自分は武田信玄と同じ願掛けしてもらったってことじゃん

えーと・・・

武田信玄が当時のお金で1億・・・

自分は3000円・・・・

ゴホン、ゴホン

わかった、もし願掛け通りに願いがかない、相手が見つかったら

5000円後納しよう。

そして登ること20分 信貴山城後に赴く。

Imgp2477


あの松永久秀の最後の地で有名だ

あの織田信長に堅物、煮ても焼いても喰えぬ人物

と言われたように

三好家から家をのっとり

足利将軍を殺し

東大寺を焼きはらった

信長の大軍に包囲され100日間頑張ったが落城

信長が欲しがっていた平蜘蛛茶釜を首につけ

焼き死んだと言われている

その日は10月10日松永が東大寺を焼き討ちした同日である

本丸跡からの眺めはも見晴らしが凄くいい。

Imgp2478


鳥のさえずりが、とても気持ちいい。

ここでしばらく、のんびりしたいとう気持ちにもなるが

本日の宿で日本一大きい村である十津川村へ

奈良方面から十津川へ行くバスの起点は五條駅からになる。

Imgp2481


なんとここから和歌山の新宮駅までバスで行ける。

これは路線バスで日本一の距離で5時間かかる。

Imgp2482


自分が行く十津川温泉までも3時間かかる。

出発前に蕎麦を食べ、腹ごしらえ。

Img_3851


バスの長い旅が始める。

途中、谷瀬の吊り橋付近で10分程の休憩があり

自分も渡りに行って来た。

Imgp2484


高さ50m、長さ約300mと日本一長い吊り橋である。

しかもこの吊り橋ができたのでは1954年

生活用の橋として作られたとうから驚きだ。

Imgp2483


そしてバスにゆられ1時間

十津川村に到着

Imgp2490


お~

なんか凄いね

広大や山々に囲まれて

そうだよね、ここは熊野山脈系

熊野大社から14kmしか離れていない場所なんだよね

しかし、ほんと

日本の原風景、なんか昔はこんな風景の連続だったのだろうと思いが浮かぶ

Imgp2497


ここの村人は壬辰の乱の際には、吉野川に居た大海人皇子につき

戦の勝利に貢献して、明治維新まで地税を免除されていたんだよね。

そして本日の宿 

秘境の一軒宿 静響の宿 山水へ

まずは温泉、温泉

うわ~

ここの露天いいね

Img_3866_2


開放感抜群

日本百名湯に選ばれているだけあり、湯の質もかなりいいし

極楽、極楽

Imgp2504


そして夕食

温泉で炊いたご飯が美味しいこと、美味しいこと

Img_3867


基本、炭水化物はあまり取り過ぎないようにしているのに

そして、ぼたん鍋・・・

いいね

なかなか食べる機会ないし

ここもなかなかいいな

奈良から熊野大社に行くには必ず通るし

熊野大社は世界遺産でもあり、OSGが選ぶ日本国遺産48入り当確だし

ここも新婚旅行で使う宿99入りに当確か

いや、こんな簡単に選んでは99なんですぐいっちゃうよね

でも、この秘境間は是非味わってもらいたいしね

そうだ

この雰囲気に飲まれ、熊野古道を歩きたいと言うかもしれないし

ってなわけで、明日は新婚旅行で歩くべきかの下見を兼ね

熊野古道中辺路果無峠超え熊野古道を歩く

奈良旅行3日目 吉野山登山と信貴山玉蔵院宿坊体験

吉野山

豊臣秀吉が5千人規模の花見を模様した、日本で屈指の花見スポットになる。

通常、吉野山を登る場合は吉野駅からロープウェイを使うルートが一般的になる

しかしながら自分は、吉野山南側の洞川温泉に泊まっていたため、

南側の黒滝村から吉野山へ登り始める。

Img_3807


吉野山はたびたび歴史の舞台に登場する。

大海人皇子(後の天武天皇)は壬申の乱の前にはこの地で隠棲しており

兄である源頼朝の怒りをかい、追ってから逃れてこの地で身を隠していた源頼経は、ここから奥州藤原氏の下に逃げる旅を始めた。

Imgp2387


南北朝時代には、後醍醐天皇がこの地で南朝を開き、日本史上類のみない、日本に京都吉野二人の天皇が正当性を争った。

数々の歴史を目撃した、この地をひたすら歩く。

Imgp2403


獣以外に出会うことはない。

おっっ

Imgp2393


少し見晴らしのいい場所に到着

そしてしばらくすると地蔵の水が

Imgp2395


昔の茶屋後で、地蔵菩薩に捧げる水が昏昏と湧き出ている。

吉野山になぜ桜があるのか

Imgp2430


それは修験道の開祖である役行者がこの地で修行していると

蔵王権現が現れる。

その時蔵王権現を彫ったのが桜の木で、これにより桜は神木となり

蔵王権現を祈願する際に桜の苗を寄進する風習が起こり、

平安時代から桜が植えられるようになった。

吉野山へ到着

Imgp2435


しかし残念ながら4月の下旬のため桜がほとんど散っていた。

残念感は半端ではなかったが、自然、季節には逆らえない。

本当にわずかしか咲いていない。




Imgp2427


上千本、下千本、奥千本の桜が

オーガニックカフェはなさかで

激選された素材を使っている

Img_3831


体にいい物を食べ、ランチした後は、また歩く

吉野口駅近くの金峯山寺へ

Imgp2439


役行者が開基の金峯山寺

ここの蔵王堂は古建築では東大寺に次ぐ太堂

Imgp2445


日本最大の秘仏

金剛蔵王権現立像がなんと期間限定でご開帳されていたんだよね

生で見れることができて幸せだった。

なかなかの迫力

また次回に見れる機会があった場合は、やはり歴史のある地である

吉野は一回来て見た方がいいと思うし、

仏像、歴史に興味のある人は来た方がいいね

そして本日の宿、信貴山玉蔵院へ

信貴山へは王寺駅からバスが出ている。

しかし自分は吉野山登山に時間をかけすぎ、バスの時間が終わっていたために

信貴山下駅まで行き、そこから4km歩く

山とつくだけあり、坂道の登りばかり

吉野山登山で20km歩いた自分にはきつく

後ろを振り返ると、なかなかの眺めに少し癒される。

Imgp2448


本日の宿泊所である信貴山玉蔵院に到着

自然豊かなところで、野生の猪が穴を掘っている所を見かけた。

辺りはすっかり暗くなっている。

お~

立派な参道

Imgp2458


なんかライトアップされており、神秘的で幻想的

せっかくだから少し境内を散策しよう

Imgp2462


信貴山は聖徳太子が物部氏との戦の途中に、この山に来て戦勝祈願すると

毘沙門天の神が降りて、必勝の方法を伝授したという。

その時が寅の年、寅の日、寅の刻

Imgp2453


そのため吉野の桜のように、こちらの信貴山では虎が神格されている

受付をすませて風呂に入り、精進料理を食べる。

ここの精進料理には驚かされた。

Img_3836


いろいろな創意工夫があり、自分は高野山、比叡山、鎌倉などで

今まで何度か精進料理を食べたが、ここが一番美味しい。

ここはいいね

本当に自然豊かなところで、ライトアップされ全てが幻想的で

Imgp2465


本堂からの夜景は綺麗だし

自分が企画している新婚旅行の日本一周の旅は100日間のため

99箇所の宿泊施設に泊まれる

もうここの信貴山玉蔵院は当確だな。

宝物館には国宝の信貴山縁起絵巻もあるし

ってなわけで、大満足で奈良旅行3日目が終わる。

奈良旅行2日目 新薬師寺~春日大社~東大寺~興福寺~洞川温泉

奈良旅行2日目

旅籠長谷川で茶粥などの朝食を食べた後

Image1


歩いて十二神将像で有名な新薬師寺へ

ここの本殿は奈良時代のまま

Imgp2322


源平の合戦や戦国時代に東大寺や興福寺が火災に包まれ、全焼した中

ここの本殿は奇跡的に免れた。

光明皇后が聖武天皇の眼病を願って創建

当初は規模も大きかったが、現在は大分縮小され

本堂と本尊の薬師如来、それを守護する12神将像が見ごたえがある。

ビデオ解説などもあり、素人が行ってもわかりやすい。

十二神将は作者不明、当初はカラフルな極彩色であったという。

そして

春日原生林を通り、春日大社へ向かう

Imgp2330


春日原生林は当時から一切の狩猟、伐採が禁じられていたためそのままの自然状態

これは市街地の森林では極めて異例で世界に類はない

日本の信仰心は本当に凄い

途中、鹿に遭遇。

Imgp2326


奈良の鹿は神の使いとして、昔から大事にされている。

自分も無礼のないように、道をふさいでる鹿に

鹿よ、鹿よ。そこを通りたいんでが

と話かけると

しかたないな

Imgp2327


とどいてくれた。

そして春日大社へ到着。

うわ~

見事なご神木

Imgp2332


大化の改新で活躍した

藤原鎌足の息子、藤原不比等が

平城京に都を移し国家繁栄のため

鹿島から神様を呼んでこの地に神社を創設

それがこの春日大社

Imgp2336


春日大社から若草山の麓を通り

Imgp2338


世界最大の木造建築である東大寺

う~ん、すごい

Imgp2347


修学旅行に来たと思うんだが、全然記憶にない。

やはり若い頃はこの価値がわからないのであろうか

圧巻のスケール

これでも当時の3分の2の大きさって一体・・

出雲神社もそうだけど、日本の歴史凄すぎ

東大寺は聖武天皇の時代

干ばつによる飢えや疫病の流行などで遷都を繰り返した天皇が、

早世した皇太子の供養と国民の平和を願って大仏造立に着手した。

中には奈良時代の伽藍の模型がある。

Imgp2354


物凄い立派な伽藍、この時代に生きて、一度見てみたかったな

残念ながら2回焼失して、現在のは江戸時代に作られたもの

一回目は源平時代の騒乱で

二回目は戦国時代に松永久秀が焼き払った。

しかしその松永久秀も織田信長に信貴山で殺されるが

なんと、その日は

東大寺が全焼した日と同じなんだよね

偶然なのか、天罰になるのか

ちなみに有名な大仏殿ばかり話したが、大仏様はは

Imgp2351


戦国時代の全焼から江戸時代再建までは

ずっと雨ざらしになっていたらしい

そして東大寺からまた歩きで興福寺へ

Imgp2370


そう、世界遺産群の東大寺、春日大社、興福寺は極めて近くにある。

興福寺は藤原の鎌足夫人が鎌足の病気回復を祈り作られた。

現在の地に移ったのは、藤原不比等の代である。

名門藤原氏の氏寺として栄え、国宝の仏像の17%は興福寺の国宝館が所蔵している。

五重塔含め多くの伽藍は室町時代に再建されている。

この北円堂は国宝で、元世天皇が藤原不比等の一周忌に建てた。

Imgp2369


現在は鎌倉初期の再建だが、当時の姿を残す優美な建物として

日本で一番美しい八角円堂とも言われている。

そして奈良近鉄鉄道の下市口からバスで80分

今宵の宿である洞川温泉へ向かう

ここは日本百名山の大峰山の登山基地になり

古くから大峰山の修験者をもてなしてきた

足の泥を洗うために、多くの宿には縁側がある。

Imgp2378


800mの高地にあり、冬は雪で閉ざされる独特の雰囲気のある秘境

美味しい水でも有名であり、豆腐料理でも有名である。

洞川温泉街を散歩した後、今宵の宿である町一番の老舗

花屋徳兵衛に宿をとる。

Imgp2381


木造建築の宿で、非常に居心地よく、リラックスできる。

Img_3791


のんびり窓を眺めて、ボーっとするのも悪くない。

Img_3793


明日は早朝から、桜千本で有名な吉野山登山。

あまり洞川温泉から吉野山で登山で向かう人は少ないと思うが

それが新しい発見があると思い、この洞川温泉に来た。

宿の夕食を食べ、早く寝て、明日に備える。

Img_3803


豆腐が旨く、全体的にヘルシー

焼き魚はアマゴ

刺身はマスとコンニャク

奈良旅行の初日(生駒山~法隆寺~大和郡山城~薬師寺~奈良野菜懐石ひより)

古都である奈良への旅

世界遺産以外にも多くの見所がある

限られた時間の中で、いかにしてどれだけ廻り、切り捨てるものを決める

いつもながら頭痛する程、悩んでしまう。

今回は大阪から入り、南の和歌山へ出るルートを決めた。

仕事帰り、新幹線で大阪に着く。

Imgp2226


まずは大阪の繁華街を散歩した後に

Imgp2225


だるまの串カツで夕食

Img_3737


そして大阪のカプセルホテルに泊り、翌日の朝に奈良へ

大阪と奈良には旅人の行く手を阻むように、生駒山脈が存在する

かつて大阪から奈良に向かう街道二つ存在する

昔の旅人が多く利用したのが竜田通

こちらは大阪(難波)から険しい山の道を避け、迂回して法隆寺、大和郡山などを経て 奈良に入るルート

もう一つは暗通り

こちらは最短ルート

生駒山の険しい山道を登る

昼間でも暗い道のため、暗通りと名前がついた。

今は電車が開通して、電車から楽に奈良へ入れる

生駒駅で降り、わんにゃんケーブルカーに乗る。

Imgp2229


そして生駒山の頂上から大阪市街を眺める。

そう、400年前の太閤秀吉のように

豊臣秀吉はこの風景を見て、愕然としてこう言った。

Imgp2234


【生駒山が敵の手に落ちれば大阪はまるはだか】

奈良の重要性を知った秀吉は、奈良の守りを弟の豊臣秀長に任せることになる。

生駒山を後にして、まずは世界最古の木造建築がある法隆寺へ

Imgp2249


存在感はハンパでない

どっしりと身構える荘厳さ

実際に来てみて、実際に味あわないと、このなんとも表現し難い感覚は

言葉や文字で言い表すことは不可能であろう。

Imgp2251


推古天皇は飛鳥から藤原京(現在の橿原市)に宮を遷都した

しかし聖徳太子はこの地で政治をおこない、法隆寺を建立した

おそらく西(難波)からの侵略に備え竜田通りの重要拠点である

この地に政治の拠点を移したと思われる

ランチは時間短縮と疲労回復効果を兼ねて

梅うどん

Img_3745


うどんに梅がすりこまれている

そしてタクシーを使い、大和郡山城へ

Imgp2271


織田信長の後押しを受け松永久秀を滅ぼし

大和を平定した筒井順慶が城造りに着手する

しかし、出来上がったのは豊臣秀長の時代

高台の石垣の上には黒塗り5層の立派な天守閣があったらしい

Imgp2258


隣の資料館には毛利輝元がこの城へ訪れたとする資料が残っている

そして大和郡山から電車に乗り薬師寺へ

Imgp2278


薬師寺は天武天皇の発願

天武天皇の后(後の持統天皇)の平癒を祈願して建立

天武天皇とは大化の改新で蘇我入鹿を殺した天智天皇の弟

本尊は国宝である薬師三尊

たいそう立派な仏像で、一見の価値有

病を直してくれる神様のため、自分も原因不明の咳と顎の違和感に悩んでいたため

一生懸命に拝んできた。

そこから歩いて唐招提寺へ

Imgp2285


中国の高僧鑑真が5度の失敗を重ね

視力を失ったにも関わらず

日本に来てここ唐招提寺を作り修業場とした

なぜそれ程までして死をかけてまで、日本に来たのか

本尊である盧舎那仏とその隣にあった千手観音立像は一見の価値有

特に千手観音立像は自分が見た仏像の中で、圧倒的な一番

拝願料800円しても、近くまで来たら、ここにほ訪れたい

奈良では法隆寺、東大寺、信貴山の朝護孫子寺、唐招提寺の千手観音立像、新薬師寺の十二神将像が自分の中の奈良で行きたいベスト5になる

そして

奈良の綺麗な川沿いの道を通り

Imgp2306


平城京跡へ

Imgp2311


持統天皇が藤原京に遷都してから、すぐ2代後の元明天皇時代に

遷都の詔が発令された。

しかし長岡京などに一時的遷都などの試行錯誤を繰り返し

794年桓武天皇の時代に平安京(今の京都)に遷都して

現在の京都の繁栄に映る。

その後奈良へ歴史の表舞台から消え

そのおかげで、平安時代からそのまま有り続ける文化財を

今日になっても、多く我々は目にすることができる。

奈良初日目も日が暮れ、すっかり夕食の時間

夕食は奈良野菜を堪能するために

旬彩ひより

ならまちの入り口にある。

野菜会席コース料理

ここはまじ当たり

野菜超上手い

薬草と生姜のスープから始まり

椎茸の豆乳グラタン

Img_3766


コンニャクのなら味噌

竹饅頭

Img_3768


野菜の天ぷらに

野菜の鍋

Img_3769


奈良味噌と塩と豆乳ダレからお好みで食べる

専属農家で作った野菜

どんな高い高級旅館言っても、こんな美味しい野菜食べたことない

ここはいつか絶対にまた来よう

そーいえば

味噌汁も超美味かった

Img_3772


奈良味噌と白味噌のブレンド

デザートは自家製わらび餅

Img_3773


大満足の奈良野菜を堪能した後は

奈良の猿沢池に行き、興福寺5重の塔の夜景を堪能する。

Imgp2315


そして新薬師寺近くの旅籠に泊り

奈良の1日が終わる

意外と時間がかかりそうのため、続きはまた今度

奈良旅行5日目(十津川温泉~~熊野大社)熊野古道小辺路

奈良旅行5日目

奈良5日間旅行最終日

奈良県の三分の一を占める日本最大の村

十津川温泉から

かつての熊野古道小辺路(高野山~熊野大社)の

一部のルート14kmを歩く

Imgp2540

宿の人に道に迷うことはないか聞いてみたところ

迷うことはないし、迷ったら電話で連絡頂ければ・・と

優しい言葉をかけてもらう

まずは朝早く起きて温泉、温泉
Img_3865


疲労回復効果はあるし、本当にリラックスできていいよね

そして大切な食事

Img_3870


多く歩くときは、しっかり食べないと

宿の朝食をしっかり、食べ

いよいよ熊野大社への熊野古道を歩く

十津川温泉付近は自分が泊まった静饗の宿山水の近く

柳本橋からのスタートになる

Imgp2513

まずは比較的楽な道を行くも

Imgp2515


だんだんと登りに

Imgp2519

おっっ・・少しいい眺め

Imgp2518

そしてまた石の厳しい坂道

Imgp2530


熊野古道歩きはいい

標高差1000m超えるため登山ほど疲れるが

平安時代の人々が同じ道を通り、ましては天皇すら幾ばくも通ったとなると

歴史の重みを感じさせ、不思議な気分になる。

時折疲れの合間に見られる絶景の数々

人がいない静寂した世界

頼りは自分の足だけ

疲れて戻るにも歩かなくてはならない。

どんなに疲れて動けなくなっても

山の中で1日留まるわけにはいかないため、歩かなくてはいけない。

Imgp2524

肉体、精神的に限界

しかしそれを突き破らなくてはいけない。

そんな極限状態に陥った時に、物事の真理を理解でき

病など現世の苦しみから快方される気がした。

そしてこの旅の前、原因不明の咳で苦しみ

流石に病院に行かなくてはと思っていたが

この古道歩きから戻った後、いやな咳はほとんどなくなった。

これが山岳修業のいっかんかと思った。

現世が辛いなら、せめてあの世では幸せになろうと

極楽浄土と求めひたすら厳しい山道を歩く




Imgp2528_3


第二の絶景ポイント

そして昔、熊野古道を旅した人達のために

茶屋を営んでいた果無集落へ到着

Imgp2539

すごい、池に雲が反射している

Imgp2533

そして1100m級の峠である果無峠登山口へ

Imgp2541


景色を楽しみながら、山道をひたすら歩く

Imgp2542


Imgp2545


ちなみに4月の日曜日だが、ほとんど人は歩いていない

山口茶屋跡

Imgp2550


そして素晴らしい眺め

Imgp2556


疲れが取れる

そして果無峠の頂上付近で不思議なことが起こる

カナブンのような青い昆虫が倒れていて

足や手をばたつかせていた。

奈良の仏様を見て、拝んできた、全ての万物に対して寛容の心を持った自分は

自分が今日、この時にここを通らなければ、この虫は亡くなっていたかもしれない

しかし自分が通ったのは

これは天の意思であり、神の意思。この昆虫の徳に違いないと

木の棒で起こして、歩けるようにした。

Imgp2579


すぐその場をさった自分、ふと横をみると、先程の昆虫が飛んでいた。

よかった、飛べる程体力があったのか、しばらく生きられる

そう、思うと

その昆虫は自分の目の前に来て、15秒間停止した後

遥か彼方に消えていった。

まるで助けられたことを理解した昆虫が、自分に感謝を伝えてるかのようだった。

嘘みたいだが、熊野古道で起こった不思議な出来事

Imgp2559_3


ここで宿で作ってもらったおにぎりを食べ生き返る

そしてここからは長い下り

Imgp2566


景色や




Imgp2575


花を楽しみながら

八尾木バス停まで下る

Imgp2587


バス停からしばらく歩道を歩く

凄いね、この綺麗な川というか、ダイナミックな風景

Imgp2593


東京住んでいると同じ日本とは思えない

奥熊野古道ほんぐうでコーヒーなど飲んでブレイクできる

Imgp2596


そしてここの分岐を登っていくと再度、古の熊野古道

Imgp2597


かつての三件茶屋跡へ到着

ここが紀伊田辺、発心門王子から参拝する熊野古道中辺路との

Imgp2598


合流点

ここまで来れば後30分~40分で熊野大社

Imgp2606


この坂を降りたところに熊野大社がある。

Imgp2609


当日東京へ帰るための最終のバスは16時10分

9時30分に宿を出てギリギリだった。

しかし熊野古道歩きは楽しかった。

後の体の変化として、暴食をしなくなり

甘い物を欲しなくなった。

長くは続かないが

しかし奈良旅行5日間

正直和歌山近くの十津川村まで来ると

時間を取られすぎ、廻りきれないところが多数あった。

しかし

この日本最大の村であり、日本屈指の秘境十津川村

日本人なら一度は来た方がいいのではなかろうか

近くには熊野大社もあるし

体力の自身のある人は熊野古道で歩いて熊野大社まで行けるとなれば

鹿児島旅行6日間まとめ(粟野岳温泉~霧島~城山~指宿~知覧~伊作~伊集院~川内)

Imgp2610_3


まずは成田~LCCで鹿児島空港へ

LCCは凄いね

成田からというはいえ、鹿児島まで平日5千円、休日は7千円程で鹿児島まで行ける

鹿児島空港到着

空港バス邸前にある足湯につかりながら情報収集

まずはバスで霧島登山基地である霧島温泉市場に行き

黒豚とんかつを食べ明日の霧島登山の情報収集

霧島温泉駅から隼人の風に乗り、

Imgp2614_2


本日宿泊の粟野岳温泉がある粟野駅へ

名水100選に選ばれている丸池公園を散歩

Imgp2621_2


島津義弘の松尾城跡を見学して

Imgp2629_2


本日の宿、日本百名湯に選ばれている粟野岳温泉へ宿泊

栗野山山麓の一軒宿

Imgp2637


ここは食事も湯の質もよくお勧めできる

2日目

粟野岳温泉から電車とバスを乗り継ぎ

霧島最高峰の韓国岳を登山の出発地えびの高原へ

Imgp2651


石の坂道が辛いけど

なかなか天候もよく、景色もよかった。

下山は大浪池方面から下山。

Imgp2675


そして坂本龍馬が新婚旅行で訪れたとされる霧島温泉で宿泊

自分は高台にある旅行人山荘に宿泊

部屋からの眺め、露天風呂からの眺めは最高だった。

___2


貸切風呂がやっぱいいね

蛙と鳥と雨音だけ聞きながらの・・・

食事はそこそこ、まあ1万円程のリーズナブル宿などで合格点

筍の美味しかった。

翌日

鹿児島市内に行くも豪雨

___3


雨でも見学できる薩摩ふるさと館に行く。

ここは期待してなかったが、行ってよかった。

島津斉彬や西郷隆盛の勉強ができる。

そして薩摩スチューデントの

ほんと、今でさえ鹿児島は中国への飛行機維持のため年10万人を公費で派遣する愚かな施策をしているが

現代日本を作ったのは薩摩と言っても、過言でないくらいに凄い国だったんだよね

島津に暗君無と言われる程

結局島津が勧めた改革が成功して、日本は近代国家に成長して欧米の植民地にはならなかった

しかしその見返りという皮肉なことに、武士という特権階級がなくなり

廃藩置県で殿様の身分までがなくなった。

結局、自分で勧めた改革が成功して、自分の一族が代々治めていた薩摩を失った島津久光

怒りは相当で一晩中打ち上げ花火を上げていたらしい。

天文館のしろくま元祖のむじゃき屋で

しろくまを食べてホテルへ

__


鹿児島は西郷隆盛自害の地、城山にある城山観光ホテルに宿泊。

ここからの桜島の眺めは最高だからね

しかし曇か、ガスがかかって上の部分は見れなかった。

夕食はスカイレストランでフレンチ

___4


桜島と鹿児島の夜景が一望できるのが売りだが、フレンチはいまいち。

Imgp2693


夜景もそこまで美しくなく、夜になると桜島も見れなくなるため

ここはランチぐらいでいいのかな

翌日、朝6時に桜島を一望できる薩摩風呂に入り、すぐに朝食バイキング

しかし鹿児島で結構有名なホテルで平日なのに、たくさんの人が泊まっているが

料理が美味しくない(朝食も)

___5


いや逆か、大勢の人の分を作らなくてはいけないから

美味しい物が作れないのか

フルーツが一番美味い。

そして鹿児島から南下して指宿方面

開聞岳登山(別名薩摩富士)

Imgp2698


登山には指宿か山川駅からバスで開聞岳登山口前で降りる

午前11時30分登山スタート

最初は土の歩きやすい道

景色は楽しめないが、ジャングルを歩いているようで

Imgp2700


最初の内は楽しめたが、5合目過ぎた辺から結構の岩の道

転んだらまじで大怪我という場所もあり、緊張間を漂いならが歩く

Imgp2717


ってか荷物が重い、そうだよね6日間分の旅行の荷物しょって歩いているから

時折景色が楽しめるところがあるが

Imgp2728


ほとんどは楽しめず、ただひたすら石の道を大粒の汗を垂らしながら歩く

しかし、ほんと登山は修行というか苦しいだけ

なぜみんなは登っているのだろうか

頂上到着

Imgp2725


まあまあの景色

うん、この山は二度は登る必要ないな

って考えたら、バチがあったのか足を踏み外し膝を岩にぶつけて出血

絆創膏も薬も持ってきてなかった。

テンション下がりながら、ゆっくり下山。

近くに薬局で絆創膏と消毒液を買う。

そして指宿に戻り、駅前の足湯で一休み。

指宿名物の勝武士ラーメンを食べ

指宿温泉の素泊まり宿へ

翌日はバスで知覧へ

知覧の武家屋敷を見学したあと

Imgp2744


知覧特攻平和会館へ

___6


ここは絶対に行った方がいい

っていうか、平日なのに人が大勢いたことに驚く

高校の修学旅行は飛行機路線維持のため

何も見るところがない韓国ではなく鹿児島にすべき

こちらのが余程勉強になる。

久しぶりに泣いた

-----------------------------

17歳〜の若者が自分の死が国の繁栄
と信じて死んでいった

戦局の攻防が、自分の特攻にかかっていると言わんばかりに

しかも

相手の空母に体当たりするには

かなりの技術力が必要と思われることから、みんな優秀の若者だったのだろう

遺書や家族宛の手紙が展示されてもおり、みんな立派な素晴らしい文字で書いていた

数多くの胸につきささる手紙多々あれど、やはり息子を大切に思うお母さんからの手紙が忘れられない

意訳(館内撮影禁止のため)

死ぬ直前に必ず南無阿弥陀仏を唱えてくれ

絶対だぞ

そうすれば、お母さんは何も思い残すことなく、現在の世を頑張れる

死んだら、また別の世界で会えるのださら

いいか

死ぬ直前に南無阿弥陀仏唱えるのを

絶対に忘れるなよ

それともう一つ

こちらも意訳

継母へ

実の母上でないけど

6歳から育ててくれてありがとう

母上は実の母ではないけれど

世界の母上と言うべき、立派な母でした

中略

明日、国の繁栄のために死にますが、今まで育ててくれてありがとうございました

母上、今まで一度も親しみをこめて

お母さんと言えずに申し訳ありません

今さらながら、言います

お母さん、お母さん、お母さん

------------------------------------------

他のお客様にばれないように、必死に涙を隠しながら

知覧からバスで加世田へ行き、そこから伊作へ

本日の宿、日本秘湯を守る会の会員宿でもある

吹上温泉のみどり荘へ

Imgp2764


ここは素晴らしかった。

是非一度は行ってもらいたい。

落ち着いた沼地の一軒宿だけでなく

Imgp2756


温泉の質(石鹸がいらない程の肌を綺麗にする成分がある)

Imgp2760


そして食事

作りたての薩摩揚はこんなに美味しいものなのかと、ただただ絶句

鹿児島は一人旅、又はカップルで来るなら

この吹上温泉みどり荘か栗野岳温泉の南州館だね。

霧島温泉や指宿温泉は社員旅行だとか、団体で行くところ

そのような宿ばかりで、人が多くて温泉をゆっくり楽しめない。

おそらく人が多いところは、循環式か消毒のために塩素を混ぜていると思われるし

まじで日本を巡り、日本人なら死ぬまでに行きたい48を決め

その48を全て100日間で巡る日本一周の新婚旅行ができるなら

この宿は絶対泊まるね。

Imgp2751


間違いなく

翌日鹿児島旅行最終日

伊作からバスで伊集院へ

島津が鹿児島へ拠点を移す前に統治していた伊集院城後へ

Imgp2765


ここはフランシスコザビエルも訪れ、島津貴久と会談している。

そして島津義弘が育った地との縁で菩提寺である妙延寺(現在は徳重神社)

Imgp2778


そして

川内へ移動

ここは豊臣秀吉が九州征伐に乗り出した時に

島津義久が頭を丸めて降伏した場所でもある。

Imgp2783


川内は古来より開けた場所であり

大化の改新で中央主権国家が確立された際には府が置かれ

聖武天皇が全国に国分寺作りを命じ国分寺が作られたのもここ、川内だった。

九州新幹線で出水に寄り、そして北上して熊本へ

うわ~

やっぱり、なんか熊本へいいね

故郷を帰ってきた安心感がある。

市電もスイカが使えるし、熊本城を見学して

Imgp2788


阿蘇くまもと空港で羽田へ

途中、飛行機からの雲とが美しかった。

Imgp2790


まあ、なんとか日本百名山の霧島、開聞岳を制覇し

日本百名湯の温泉も浸かり

薩摩ふるさと館や知覧特攻平和記念館の施設のも感動したが

熊本県民の誇りが熊本城であるなら

やっぱり鹿児島のシンボルは桜島だね

威風堂々の桜島がいつでも、あんな近くに見られるのだから

鹿児島で暮らす人々は幸せ者であろう。

青森5日旅行のまとめ

毎年、季節感を感じるために、冬の季節は雪国に行くことにしている。

迷ったが、来月は青森に行くことにきめた。

秋田は今年行ったばかりだし、降りしきるコンコンに積もる雪をみながらの温泉は青森がベストなんではと思い。

青森で有名なランプの宿青荷温泉と、日本海の夕日を眺めながらの不老不死温泉

ユーロ高騰で財政は火の車だが、やはり行ける時に行っておかないと。

青森といえば昨年9月、日本百名湯の蔦温泉と酸ヶ湯温泉には行っているので

せっかくなので、昨年9月の青森5日間の旅行をまとめておく。

まずは新幹線で大宮から八戸へ

Img_1392


そこからバスにのり奥入瀬渓流のバス亭焼山まで90分のバスの旅

奥入瀬渓流館の食堂で青森の郷土料理、せんべい定食を食べた後

Img_1393


奥入瀬渓流沿の14kmのトレッキングスタート




Imgp0112


時々、車が止められる観光スポットに人を見かけるが、14km歩く観光客はあまりいないようで、人とはほとんどでくわさなかった。

しかしながら、絶景の連続で疲れなど、全く感じず。

紅葉の時期も、一度来てみたいと思う。

Imgp0046




奥入瀬渓流を感動した後は、バスで日本百名湯の一つ蔦温泉へ

ここも秘湯の一軒宿だが、サービスが凄かった。

Imgp0195


バスに携帯忘れたかも・・って行ったら、すぐにバス会社に連絡を取ってくれて、翌日の朝には携帯が届いた。

翌日、宿の人に勧められ、朝食前に全長2kmの蔦沼ハイキング

Imgp0149


流石、ブナ林に囲まれている一軒宿だけあり、散歩も気持ちがいい。

蔦温泉からバスで八甲田山ロープウェイへ

そして八甲田山登山

Imgp0215


まさに天空のハイキングで生きていることの喜び、幸せ、感謝を感じさせられた。

Imgp0241


しかし、頂上到着時に豪雨と落雷に遭遇し、テンションは一気に下がった。

Imgp0288


八甲田山の下山は別ルートからおり、本日の宿泊先である酸ヶ湯温泉へ

ここも日本百名湯に選ばれ、江戸時代から営業している由緒ある宿

総ヒバ作りの混浴大浴場【ヒバ千人風呂】が名物

Yjimage6

食事も郷土料理で大変美味しく、満足だった。

Imgp0313


温泉+食事でどんなハードスケジュールもこなせるようになる

ここで山登りの疲れを癒し、翌日はバスで青森へ

Imgp0329


駅周りを少し、散歩した後は三内丸山遺跡へ

Imgp0335


5500~4000年前の我々の祖先の生活空間を見学する。

これだけの立派な建物、施設なのに、入場料金を取っていないことに驚く。

資料間には多くの展示物がある。

はるか昔から針なども、使っていたのか。

女性はこんな時代からも、イヤリングなどしていたらしい

縄文土器のコレクション

Imgp0344


外にも大型竪穴式住居(想定復元)

Imgp0371


大型堀立柱見物もある
→こちらも想定復元、何に使われたから、まだわからない。

ランチに黒石焼きそばを食べたあとは、弘前へ

Imgp0382


日本百名城の弘前城を見学

Imgp0402

こちらは、日本に数少ない現存天守

弘前に来たら、忘れてはいけないアップルパイ

Imgp0392


弘前からバスで30分移動し、岩木山登山口の麓にある百沢温泉

ここの老舗の宿やリゾートホテルなどの宿は皆無で、ペンションのような温泉旅館だが、湯は源泉掛け流しで本物であった。

なかなかいい湯で、翌日の岩木山登山に弾みがつく。

宿で早めの朝食を食べた後、岩木神社登山口から登り始める

Imgp0423


往復6時間の百沢コースで登り、天気もよく無事登頂正常。

Imgp0525


頂上からの眺めは曇っていたが、時折、日本海まで見渡せる絶景をおがむことができた。

下山後、弘前まで戻り、駅前のビジネスホテルで宿をとり、一人で弘前の街へ飲みにく。

こじんまりとした居酒屋で、カウンター越しに、地元の人と話せるような店を選ぶ。

郷土料理のいがめんち、けの汁などを注文。

Imgp0537

飲み物はもちろん、弘前なのでアップルサワー

Imgp0536


明日は旅行五日目の最終日。

世界遺産に登録された白神山地に行くため、早く寝る。

翌日朝、バスで白神山地暗門の滝登山コースの出発点であるアクアグリーンビレッジANIMONに向かう。

ここから津軽峠に行き、まずは高倉森自然観察歩道を歩く。

ここは非常に急な勾配が多く、登山靴が必ず必要になる。

アルプスを登る人も音をはくぐらいだから、辞めた方がいいと言われたが、いつものように

【行けるところまで、行こう】

という精神で行ってみる。

確かに雨降ったら、終わり・・・という危険なところはいくつかあった。

しかし、鬱蒼とたたずむブナの巨木、見たことない原始の昆虫、こここそ太古の森を歩いているような、そんな感じをさせられた。

Imgp0588


アクアグリーンビレッジに4時間後に下山して、ここに来たらみんな行く

【暗門の滝コース】をバスの最終まで、ギリギリ見学して16時のバスで弘前

新青森で海鮮丼を食べ、18時の新幹線で東京へ

Imgp0691


八甲田と岩木山に登り

世界遺産の白神山地、それを上回る景色の奥入瀬渓流

文化遺産である弘前城に、三内丸山遺跡

蔦温泉、酸ヶ湯温泉、百沢温泉も味わい尽くして

大満足の青森5日間旅行だった。