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秋田の久保田城と比内地鶏の親子丼



秋田駅前近くの久保田城

ここを開墾して

城を建てたのは関東の雄

佐竹義宣





茨城を本拠として

関ヶ原の戦い時は54万石の大大名であった





古くから中央の事情に精通して

織田信長と手を組み

豊臣秀吉が山崎の戦いに勝利した時は

即座に、祝いの書状を送った

そんな佐竹にもかかわらず

関ヶ原の戦いは、豊臣方よりの中立で

日和見していたために

石高を知らされないまま、秋田に転封させられた





なぜ、佐竹は?

時代の流れは徳川

本当に豊臣につくなら

無防備な江戸に攻めればよかったのに

佐竹は石田三成と仲がよく

久保田城の茶室にある水瓶も





石田三成の計らいで、豊臣秀吉から

ゆずり受けたものと言われている

やはり、義を考えてしまったのか

秋田に移った佐竹義宣は徳川の警戒感を解こうと

城には、石垣も天守閣も作らなかった





開墾を奨励して

雑木林の多くを100年がかりで

平地、田畑にして





銅山を開発するために平賀源内を招き

秋田発展の基礎を作った

現在の美味しいお米

あきたこまちは、佐竹の努力の賜物かもしれない

秋田駅の駅ビルでは

比内地鶏の鳥肉と卵と

あきたこまちを使った

究極の親子丼が食べられる





秋田に訪れた時のランチに

いいかもしれない

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